事代主神(八重事代主神)ことしろぬしのかみ(やえことしろぬしのかみ)

事代主神(八重事代主神)の詳細

『古事記』では大国主神と神屋楯比売命の子とされ、『日本書紀』、『先代旧事本紀』では大国主神と高津姫神との子とする。

葦原中国平定において、建御雷神らが大国主神に対し国譲りを迫ると、大国主は美保ヶ崎で漁をしている息子の事代主神が答えると言った。そこでタケミカヅチが美保ヶ崎へ行き事代主に国譲りを迫ると、事代主神は「承知した」と答え、船を踏み傾け、天ノ逆手を打って青柴垣に変えて、その中に隠れてしまった。この天ノ逆手は一般に手を逆さに打つことだと考えられている。

抵抗した弟の建御名方神も建御雷神に服従すると、大国主神は国譲りを承諾し、事代主神が先頭に立てば私の180人の子供たちも事代主神に従って天津神に背かないだろうと言った。

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