仲哀天皇(足仲彦天皇、帯中日子天皇)ちゅうあいてんのう(たらしなかつひこのすめらみこと)

仲哀天皇(足仲彦天皇、帯中日子天皇)の詳細

第14代天皇。『日本書紀』での名は足仲彦天皇。
大足彦天皇(景行天皇)皇子である日本武尊の第2子。母は活目天皇(垂仁天皇)の皇女・両道入姫命。
稚足彦天皇(成務天皇)の甥。成務天皇48年に立太子。先帝が崩御した2年後に即位。即位2年、気長足姫尊を皇后とした(神功皇后)。これより前に妃としていた従妹の大中姫命との間に麛坂皇子、忍熊皇子を得ている。再叛した熊襲を討つため親征し穴門豊浦宮に滞在。即位8年、筑紫の橿日宮に至るも熊襲との戦いに敗れる。即位9年には親征先の筑紫で崩御。熊襲の矢に当たったともされる。その10ヶ月後、皇后が誉田別命(応神天皇)を生んだ。
仲哀天皇は日本武尊、神功皇后という伝説的な二人の人物を近親者に持つことからその実在は明確ではない。

仲哀天皇(足仲彦天皇、帯中日子天皇)と関連する神社